「おうち時間」
「おうち時間」
始まった。また始まった。
もう飽きているというのに。地球の自転によってまた朝が来た。
あー憂鬱だ。
顔を洗って、パンを食べて、洗濯をして、授業を受けて、掃除機をかけて、ゴミ捨てに行って、晩御飯の買い物に行って、お風呂を洗って、晩御飯の用意をして、見飽きたしょうもないバラエティー番組を聞き流してお風呂に入った。
終わった。やっと終わった。
待ちに待った夜。寝ているだけで時間が過ぎてくれる。
…朝が来た。
うんざりだ。いい加減にしてくれ。なんでまた一日が始まっているんだ。さっき終わらせたばかりじゃないか。腹が立つ。また同じことを繰り返すだけの一日が始まる。
あー憂鬱だ。
もう43回同じ日を生きている。
44.45.46…。
たとえばもし47回目の今日から抜け出せるというのならなんだってする。本当だ。
この廃れた日常から解放される喜び程いま噛みしめたいものはない。
もし24時間後に待っているのが48回目の今日じゃなく、1回目の明日なら。
そうだなあ。
まずは近所の海に行こう。波の音を聞いて潮風に耳を澄ませる。
別に理由はないが、それっぽいことをしたい。映画の主人公ならそうするだろう。
それから髪を結んで化粧をする、新しい自分で過ごしたい。少女漫画のヒロインならそうするだろう。
…あーあ。48回目の今日だ。やけくそになって生きる。
生きるというよりかは、こなすだけの日々。
日記が5行で終わるのも無理はない。何もしてないのだから。いや、何もできない。
心底イライラする。
もしもこの事態がある特定の人物が原因で起こっていることなら、世間の怒りはその人に集中しているだろう。もちろん私のこの苛立ちも。
ありとあらゆる罵詈雑言で責めたてる。気が済むまで。
「全部台無しだ。
やり残したことが数え切れないほどあるというのに、このまま卒業しろと言うのか?
ふざけたことをぬかすな。何をほざいている?
学校に帰らせろ。友達に会わせろ。遊びに行かせろ。
私の日常を返せ。真っ白になったカレンダーを戻せ。欠けた一年を繕え。」
なんて。
誰にも言えることなく重い鉛となって私の中へ落ちてゆく。沈んでゆく。溶けてゆく。
溶けたそれがまた私の苛立ちになるというサイクル。
あーだるい。めんどくさい。腹が立つ。イライラする。あーあーあー。
言葉にならない感情までもが私を支配するようになった。
生活するうえで、あくまでサブのサブで感じていたかった感情がメインとなって私を成している。
仕方ない。事態が事態なんだから。そう、仕方ない。
私だって好きでこんな感情になっているわけじゃない。
出来ることなら毎日新しい気持ちで生きていたいし、昨日とは違う私で眩しいと思えるほどの太陽の光を浴びたいし、柔軟剤の匂いに感激しながら洗濯を干したいし、疲れて帰ってくる家族に作った晩御飯を褒めてもらいたいし、星を眺めながら今日という一日を思い返して…
そういえば。
そういえばいつから朝起きた時、一番に太陽の光を浴びなくなったんだろう。
そういえばいつから機械的に洗濯を干すようになったんだろう。
そういえばいつからみんなと同じタイミングで食卓に座らなくなったんだろう。
そういえばいつから寝る前に見るのは携帯の画面だけになったんだろう。
毎日太陽は窓の外で眩しかった。
毎日洗濯物は柔軟剤の匂いを漂わせていた。
毎日みんな美味しいと言っていた。
毎日星は窓の外で輝いていた。
そういえば。
そういえばいつから私はこんな空き缶みたいな人間になっていたんだろう。
愚痴ばかりうるさい、なにも詰まっていない人間。
太陽の光を浴びなかったのは、
柔軟剤の匂いを感じ取らなかったのは、
食卓に耳を傾けなかったのは、
星が放つ光に気づかなかったのは、
私だった。
「明日」は毎日訪れていた。
あーそうか。なんだ、そういうことか。受け入れたくないなあ。
だって、勝手に自分が同じ日を生きていただけだったと認めることになる。
待ちわびている明日を見つけられなかったのは自分だったと認めることになる。
ただの一日も同じ日なんてなかったのに、全部全部自分が原因だったと認めることになる。
けど。
けど、もし認めて24時間後に一回目の明日が来るなら。
そうだなあ。
起きてからまず初めにベランダに出る。それから顔を洗おう。朝ご飯はパンと一緒に目玉焼きを焼く。授業はカーテンを開けて受けて、掃除も買い物も好きな歌を聴きながらしてみる。晩御飯は食べたいものを聞いてリクエストに応えてみよう。もちろん五人そろって食べる。テレビじゃなくてラジオを聞いて、お風呂には入浴剤を入れる。寝る前はベランダに出て星を眺めてみよう。
別に意味は…、意味はある。
今日を生きるのは、映画の主人公でも少女漫画のヒロインでもなく私だから。
私が私の今日を飾る。
私が私の今日に色を塗る。
同じ日なんて存在しない。
明日につながる今日を生きよう。
今日と明日を架けよう。
(許世蓮 / 外国語学部 日本語学科 4年)
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