寄稿「夢を架けてみた」
「夢を架けてみた」
六時半のアラームが鳴った。
(起きなきゃ…)
この頃朝方の気温は零下で、体が思うように動かない。目、指、足と徐々に体を動かしていくと血の巡りが良くなって起きれると聞いたから、やってみる。昔は冬が好きだったけど、今は足にできる霜焼けにうんざりで、春が待ち遠しい。
今日はなんだか不思議な夢を見た。あれはたぶん、私の大学卒業記念の家族旅行だった。
目を閉じれば、そこには太陽の光を全面に浴びる一面の野原と、その真ん中に一本の道が続いていた。
時刻は午後二時を回っていて、あたたかくて気持ちのいい天気だった。父と母と姉と私は、辺りを見渡したり深呼吸をしながら、ただ黙々と歩き続けた。
すると、道沿いに一軒の家が見えてきた。太陽を浴びて光る草木の色とすっかりなじんでいた。そばで見ると、まだ新築で心なしか木造建築の独特なにおいがした。玄関のドアが開いたままだったので、家主の誰かがすぐ現れるのだろうと思った。
すると間もなくして、「少し休んでから行こうか。」父が言った。
そして父は迷わず敷居をまたいだ。
愕然とした。そして更に驚くべきは母も姉も黙ってその後に続いたのだ。
彼らがあまりに泰然としているものだから、むしろ私の常識を疑った。
これは紛れもない不法侵入、犯罪だ!
「だめだよ!!人の家に勝手に入っちゃあ!」
私はすかさず彼らを止めた。が、全くもって耳を貸さず「大丈夫だよ、少しの間だけだから。」と父は言った。
私はとうとう、お邪魔することにした。
中に入ると、生活感のあるインテリアが目に入った。どんな人が住んでいるんだろうか。
ヴィンテージなコーヒー焙煎機が目にはいった。温厚な熟年夫婦といったとこかな…
父はまるで我が家のようにリビングのソファでくつろいでいる。一通り部屋を回ってみたが私たちのほかに気配は感じられなかった。
鍵はおろか、玄関のドアまで開けっ放しにして出かけた家主は、きっと孤立したこの家に訪ねてくる者は滅多にいないからと過信しているのだろう。
気が付けば、私はソファの前にあった小さなテーブルに肘を置き、家族と他愛のない話をしていた。
家主が戻ってきてこの状況を目の当たりにすれば、ヒステリーを起こしパニックになるに違いない。
はやく家を出なきゃ!!
「お父さん!もう休んだでしょう、家主が戻ってくる前にここを出なきゃ大変な目に遭うよ!」
「…それでな、他にそんな人はいなくてな」
途切れた話の続きだ、全く危機感のない人だ。
言うまでもなく、母も姉も父の話に夢中だ。どうしよう。
ーピンポーンー
「え…うそ…」
「ど、どうしよう」母と姉もようやく危機的状況を理解した。
ーピンポーンー
「誰だろう…」心拍数が上がり続ける。
「のぞいてこようか?」母が言った。
「まぁ、、出てみるか」
またもや父は、何かしでかすつもりらしい。
「はい」
「宅急便でーす、お名前が合っていましたらこちらにサインお願いしまーす」
女性の声だ。
「はい、どうもお疲れさんです。」
そう言って父は私たちの名字ではない他の名字でサインをし、荷物を持ってリビングに戻ってきた。
そしてまた、途切れた話の続きを始めるのだ。
ふと目をやった先には本棚があった。どこか違和感を感じたので二度見をした。
するとその本棚の上には一枚の写真が飾られていた。私が想像していたよりももっと穏やかで温厚な夫婦が笑っていた。
私がその写真を見つけたのを知った父は言った。
「気づいたかい、もう住んでいないんだよ」と。
目を開けた。
どうして気づかなかったんだろう。いや、何に気付かなかったのだろう。
そんな不思議な夢だった。
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