寄稿「カケルさん」他数編
「カケルさん」
カケルさんは言いはりました。
「わしのこと馬鹿や思たやつ誰や。前にでてこんかい!」
カケルさんを取り囲む人々は、だんまりを決め込みました。一方私は、心の中でカケルさんのことを馬鹿にしてしまった負い目を感じて、無意識に一歩後退ったんです。
それをカケルさんは見逃してくれませんでした。
「おい、そこの嬢ちゃん。わしのこと馬鹿やおもたんか?」
「そんなこと思ってやありまへん。あんたさんは前に出てこんかいいいはりましたやろ?なんで私を咎めるはるんですか?納得がいきやしませんわ。」
私は動揺がばれませんようにと、汗ばむこぶしを強く握り、強気で言いましたんや。
するとカケルさんは言いはりました。
「お嬢ちゃんや、わしにはすべてお見通しなんじゃ。人は嘘をつくと、必ずぼろがでる。大概の人はそれを見逃すか、見て見ぬふりをするかもしらんけど、わしは見逃さん。なんせわしは、人生かけて、真っ当に生きてるんでなぁ!(あっはっはっは)」
後日、、、
カケルさんは死体となって見つかりました。川に浮いていたとかなんとか。
真っ当な人ほど、消えてゆく世界。
誰かがつぶやいたそうな、
「また一つ、欠けてもうたなぁ。」
「白と黄色」
カッカッカッ
パキパキピキパキ
パカッ
ジユワァーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「醤油をかけてっと、、。いただきます。」
綺麗に箸を持つあなた
あなたの口へ運ばれるボク
感じる温度
迫ってくるあなたの歯
それがボクに触れた瞬間、
ボクとボクにかかった醤油の小さな小さな細胞が、
ハジケル、マジワル
ボクがワタシになった瞬間
あぁ、ワタシはこの瞬間(トキ)のために生まれてきたんだ
意識が遠のく中、あなたの姿が走馬灯のように駆け巡る
ボクの黄色い核に映るあなたの美しい姿
あぁ、今日もあなたは上手に嘘をつくのだろう
「ミチ」
それでも走って走って、息が途切れ、両手を膝に添えて深く息を吸う
そしてまた走り出す
走って走って走って、つんのめって転けそうになるのをグッとこらえて、前を向いて走る
喉を引きちぎって心臓が飛び出しそうなくらい、心拍数は上がり、苦しくて涙が溢れる
それでも、走り続ける
走って走って走って、、、、
流れる景色は辺り一面海で、目の前に見えるのは、誰かを導くかのように永遠と延びる
蜃気楼の立ち込めたアスファルトの一本道だけ
私の後ろに道は残っているのだろうかと、引き返すことのできない不安に駆られる。
それでも後ろを振り返ることは許されず、走りつづける
あぁ、はやく、
道のない世界へ、群青色の深い海へ、飛び込んでしまいたい
どこまでもどこまでも
流れに身を任せ沈むことしかできない、
上も下も左も右もわからない、
そんな深い海の中へ
体内から酸素が吐き出され、意識が遠のく中、生と死を彷徨うその快楽に溺れる、そんな生きた心地を味わいながら、果てのない海へと沈んでゆきたい
その時に、やっと、私の世界は変わるだろうから
しかし、「時」はまだ私がそうすることを許しくれない
ただ、海に囲まれたアスファルトの1本道を私の前に伸ばすだけ
走ることしかできない私は
走って走って、走り続ける
今走らなければ、海へ飛び込むことさえ許されないのだから
新しい人生を歩む資格さえ与えられないのだから
太陽がギラギラと容赦なく照りつける
焼ける肌、滴る汗、心臓の音、空気に放たれる私の呼吸、身に纏う布はくしゃくしゃで、私の顔もクシャクシャで、、、
あぁ、
暑い、しんどい、苦しい、生きている、、
走れ、走れ、わたし、
どこまでも、どこまでも、駆け抜けろ
「無題」
誰かがそう口にする。
「その人欠けてるね」
誰かが嘲笑う。
「あなたは間違っている」
誰かが指摘する。
「あなたは良いひとね」
誰かが賞賛を送る。
「おいしい」
誰かが笑う。
―「今日はいい天気」
今日は雨の日
―「その人欠けてるね」
そう決めたのはあなた
―「あなたは間違っている」
あなたにとってはね
―「あなた良いひとね」
そうかしら、ありがとう
良いひとって何かしら
―「おいしい」
そうね、おいしいわね
とってもとっても、美味しいわ
「おじいさんの探し物」
毎朝通勤時に通る公園には、きまっておじいさんがいる。
毎朝、同じ時間に、同じ場所で、探し物をしている
職場に着き、おじいさんは毎日何を探しているのだろうと考えることが日課になっていた頃、私はある決意をした。
「明日はいつもより少し早く家を出て、おじいさんに話しかけよう」
人見知りな私にとって、この決意は勇気のいることだった。
朝、、、
いつもより15分早く家を出る。
今日も公園には、おじいさんがいた。
「おはようございます。何をお探しですか?」
おじいさんは私には目もくれず、ぶつぶつとつぶやきながら探し物をする
「おじいさん?!何をお探しですか?私も一緒に探しますよ。」
返事はない。
私は話しかけるのを諦め、ぶつぶつとつぶやかれる呪文のような言葉に耳を澄ませた
「欠けてしまった、、欠けてしまった、、欠けてしまった、ない、、何にもない」
「欠けてしまった」?
「おじいさん、何が欠けてしまったの?」
その時、おじいさんは初めて顔を上げた。
そして言った。
「わからない。わからないから探している」
ただ、その一言を放って、再び
探し物をする。
「欠けてしまった」と何度も何度も繰り返しつぶやきながら。。。
「想像」
赤いりんごがひとつあります
誰かが齧り付いたのでしょうか
あおむしが食べてしまったのでしょうか
誰かがいたずらをしたのでしょうか
赤いりんごは欠けてしまっています
いいえ、
そもそも、欠けていると言えるのでしょうか
誰かが齧り付いたのなら、
赤いりんごの欠片は、その〈誰か〉の一部となり
青虫が食べてしまったのなら、
赤いりんごの欠片は、青虫を蝶々へと変身させるエネルギーとなり
誰かがいたずらをしたのなら、
誰かの欲望を満たす役割を果たした
と言えるでしょう
欠けたのではなく、りんごとしての本分を果たしたと言えるのではないでしょうか
あっ、それとも、
そのりんごは、今から丸いりんごになるために
自ら実を創り出している最中かもしれませんね
つまり、何が言いたいかというと
完全ではないりんごをみて
ただ〈欠けてしまったりんご〉と考えるのは、おもしろくないということです
(姜悠理/外国語学部英語学科4年)
0コメント